核医学治療の進歩と日本の現状
長崎大学 原爆後障害医療研究所 原爆・ヒバクシャ医療部門 アイソトープ診断治療学研究分野(原研放射) 教授
工藤 崇 氏
ラジオアイソトープ治療(RI治療)の世界の状況とわが国の現状について概観していただいた。講師は長年に亙ってアイソトープ診断治療学の臨床応用と放射線生物学の基礎研究に通暁しておられる研究者で、RI治療について我が国でも先駆的な研究及び臨床応用を進めている京都大学から2010年に長崎大学に着任されました。医療における放射線には被ばくと発がんなどでイメージされる負の側面と、画像診断や放射線治療に代表される正の側面の2つがあることから、放射線利用においては常に障害評価と一体で進めることが必須であることが説明されました。RI治療は、微量の放射性同位元素を体内に投与して診断治療を行う核医学と呼ばれる領域です。そこでは、生体の持つ機能、たとえば心筋の血流が低下することによって生じてくる狭心症を始めとする虚血性心疾患の診断、アルツハイマー病を始めとする認知症や脳血管障害の血流代謝評価による診断、今やがん診断学の花形となったPETによる診断などあり、多方面から期待されています。また、診断のみでなく、I-131を始めとする放射性同位元素による治療も核医学の領域に含まれます。 I-131は、甲状腺の発がんのリスクとして恐れられていますが、その一方で、分化型甲状腺がん転移巣の治療法としては、特効薬と言っても過言ではない有効性を持っています。また、診断においても、現在普及しているFDG PETは放射性同位元素を生体内に投与して行う診断技術ですが、これなしでは癌の診療は成り立たない、という信頼性を得るようになってきました。さらに、認知症診断や、心筋梗塞などの虚血性心疾患診断にも放射性同位元素を用いた診断は応用されています。新しい治療用核種としてのα線各種とβ線各種は、飛程が短く正常組織に対する障害が少ないことと、崩壊が早く安定しているものなら、治療に際して非常に有効であると考えられますが、核種を含む化合物薬剤の研究開発は様々な制約により遅れていることが紹介されました。一方で、放射性核種を用いる 医療行為は被ばくを伴うことも事実ですので、特に我が国では多くの規制によりその応用が遅々として進んでおらず、甲状腺機能亢進症治療等に限定されている現状について概説されました。医療にとっての放射線は負の側面と正の側面を持っており、しかもそれは切り離すことの出来ない表裏一体のものです。放射線の負の側面として、細胞・DNAに与える影響の基礎研究の蓄積を踏まえて、放射線の医療利用の将来展開について概説され、医療における放射線・放射性物質の適正な利用が広がることの期待を語っていただきました。