令和4年度 量子医療推進講演会 講演2

「量子科学技術と宇宙医学」

宇宙惑星居住科学連合代表
群馬大学重粒子線医学研究センター生物学部門教授
高橋 昭久 氏

髙橋昭久先生から「量子科学技術と宇宙医学」という標題で3つの内容についてご講演をいただいた。

まず、量子とは、粒子と波の性質を併せ持つ小さな物質やエネルギーの単位のことで、物質を形づくる原子や原子を形づくる電子、中性子、陽子や光を粒子として見たときの光子やニュートリノやクォーク、イオンなどで、これらの量子と宇宙とのつながりについてお話しいただいた。宇宙は地表からは鳥栖から長崎ぐらいの約100km上空からを指す。100kmで大気がなくなり宇宙空間に達する。ここが現在注目され、開発が進んでおり、これが量子ととても密接につながっていることが紹介された。

内閣府は、この量子を使った科学イノベーションを目指している。一つは、量子技術としてのコンピューターや情報処理システム開発(計算速度1億倍)、二つ目は量子のエネルギー(核崩壊)を使った原子力電池や核分裂・核融合原子炉を使ったエネルギー開発。三つ目は量子を平行に細くそろえた量子ビームやレーザー光を利用して、原子や分子サイズの分析や製造や医療につなげる技術である。

医療技術の面では、重粒子線のビームを医療によりよく提供できるような研究が進められている。サガハイマットでお馴染みの重粒子線は患者さんに優しく、X線でも効きにくいがん細胞に対して強いという性質を持つが、重粒子ビームは制御されず無造作に人体に当たれば大変危険である。それがまさに宇宙空間であり、宇宙では高速・高エネルギーの宇宙放射線が飛び交っている。宇宙生活者の安全のためには、この量子ビームを使った基礎研究がとても大切となる。量子ビームの生体への影響や細胞のがん化に対する影響に関する様々な基礎的研究の紹介があった。

宇宙放射線が遺伝子に当たれば、遺伝子に傷がつき、がんになることが危惧される。ただし、現段階では、宇宙飛行士が地表人に比べてがんが増えるというデータは出ていないが、浴びる量(線量率)の観点から、国際宇宙ステーションでの1年以上の滞在で有意差が出ると危惧されており、実際にアポロ宇宙飛行士に循環系の疾患が増えているというデータがある。また、放射線の影響だけでなく、宇宙の重力環境が骨や筋肉などを弱わらせ人体に大きな影響を与えることが紹介された。

国際宇宙ステーションを利用することで宇宙空間や無重力環境が生体に与える影響を基礎的に調べることができ、その成果の一端が紹介された。宇宙実験でDNAから大腸菌、酵母、細胞性粘菌、金魚、ラット、ヒトの培養細胞までを使って影響が調べられた。宇宙滞在期間9日間に比べて40日間のほうが、DNAの傷が多くなる。また、DNAに傷ができて2本の鎖が切れる状況は、宇宙滞在133日間の細胞で顕著になった。このように、宇宙の様々な種類の放射線の線質と線量、質と量でのリスク評価がなされている。一方、このような研究をするために有用だったのが、放医研の重粒子線加速装置であり、ヘリウムから炭素、ネオン、シリコン、アルゴン、鉄といった様々な放射線、様々なエネルギーを出すことができ、NASAの研究者も宇宙研究を進めている。

宇宙放射線による遺伝子への直接の影響とともに、無重力環境での骨の劣化に伴って、その内部にある免疫細胞を増やすというメッセージが少なくなり免疫力が低下するのではないか、免疫力が弱くなりがんが進行するのではないかという、がん化に対する基礎的な検証が進められていることが紹介された。無重力状態に置かれたマウスにがん細胞を移植すると、移植したがんの腫瘍が大きくなり、肺への転移も多くなるという現象が確認されている。今後、動物実験ができるとしたら、地球磁場を超えた深宇宙での宇宙放射線、銀河宇宙線が直接降り注ぐような環境で、放射線と重力の変化が、がんに対してどう複合的に影響するかを明らかにしていきたいと考えていることが表明された。

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