「味と匂いの不思議」
九州大学高等研究院 特別主幹教授
九州大学五感応用デバイス研究開発センター 特任教授
都甲 潔 氏
味覚と嗅覚は極々小さな量子的な化学物質を受容して生じている。味覚は口に入るものが栄養源か毒か、嗅覚は遠方のものが餌か、敵か、味方かを判定する感覚である。新型コロナ感染で味や匂いがしなくなるという報告が増えている。しかし、味や匂いは自分で感じるものなので、他人に伝えることは困難である。味や匂いを目で見て表現し伝えることができると、随分と便利になるはずである。講演では、味と匂いに関する最新の楽しい科学技術について紹介された。
講師はマテリアルサイエンス、すなわち電子材料物性の分野でバイオエレクトロニクス、味覚、嗅覚を専門に研究している。演者だから思いついた、と特に自負しているのが“味を測る”という概念と、その測定装置の味覚センサーである。「人間が主観的に感じる味覚は測定できない」と長年いわれていたが、“味は神経の反応である”という工学的なアプローチで人間が味を認知する生体システムを科学的に解明・模倣し、人工脂質膜を用いて味覚センサーの開発に成功した。味は化合物を神経がダイレクトに感じるものでありAIの入る余地はあまりない。一方、匂いは鼻で感じているのではなく、脳で解析して理解しているので、AIの活躍する局面は多々あると考えられる。味を感じる
舌の味蕾はヒトでは1 万2000 個ほどあり、年齢と共に減っていく。他の動物では例えば蛇は2~3 個しかなく、食物を丸呑みする。イヌやネコでは~1000 個ほどといわれていて肉しか食べない。人は桁違いに数が多く、味の判別に優れていて雑食である。味を感じる濃度はppm 以上であるが、嗅覚ではppm~ppt という極めて微量で高感度となる。匂いはそれだけ難しいということである。また脳による解析も関係している。古くから匂いとは香+視覚の相乗でとらえられてきたことがそれである。脳の活動との関係で言えば、味覚は脳の古い部位と新しい部位で感じ、嗅覚は古い脳のみ、視覚は新しい脳のみであることが分かっている。
味覚センサーについてはこれを事業とするために設立したベンチャー企業((株)インテリジェントセンサーテクノロジー、(株)味香り戦略研究所)で実用化し、これまで世界の400 社以上で食品や医薬品などの開発・製造・品質管理に利用されている。2015 年発売の「鹿児島ハイボール」もそのひとつで、ANA 国内線全線での機内販売も行われている。
講師の研究拠点は、伊都キャンパス内の味覚・嗅覚センサ研究開発センターである。工学・理学・医学・農学・歯学の5部局と九大病院などが文理を超えて有機的に連携し、極めて広い分野を研究している世界的にもユニークな組織で、味覚センサーや匂いセンサーの応用開発など各種の研究・プロジェクトが進行中である。これからも九州大学が開拓した味と匂いの科学技術を全世界に広めるべく努力したいと思っているとの決意が語られた。