令和5年度 量子医療推進講演会 講演1

「核医学治療-がん治療の新しい矢」

日本核医学会理事長
金沢大学医薬保健研究域医学系核医学 教授
絹谷 清剛 氏

がん治療の新しい方法である核医学について、未だ一般的に良く知られていないことから、本治療法の概説から講演が開始された。まず、比較的なじみのあるPETについては、放射能を含む薬剤を用いて、これが特定の幹部に集まることで、患部を体外から検査する方法であり、全身の検査が容易にできることを特徴とする。半減期が約110分のフッ素18(陽電子崩壊)を含む薬剤による一般化した検査について説明された。ここでは、フッ素18をがんが優先的に取り込むぶどう糖に付けて用いていることで、がんの発見に使われていることが紹介された。PETのような「機能診断」とX線CTのような「形態診断」などの異なる診断技術を組み合わせることで正確な診断が出来ることが強調された。

PET検査のフッ素18の代わりに、がん細胞を殺すことが出来る放射性核種をつけることでがん細胞のみを選択的に殺すことができるのではないかということで注目され発展しつつあるのが核医学治療である。がん治療は大きく分けて①手術療法、②抗がん剤などの化学療法、③放射線療法、④免疫療法、⑤光免疫療法に加えて核医学療法は六番目に分類される新しい治療法であることが示された。

核医学の治療は新しいものではなく、1949年の雑誌『LIFE』に掲載された「放射線を出すヨウ素(I-131)」を用いた甲状腺のがん治療が始めであることが紹介された。I-131は現在では甲状腺疾患の治療に標準的に使用されるまでになっている。このI-131を用いたがん治療の例として、金沢大学における甲状腺がんや肺転移がん、褐色細胞腫、再発性リンパ節転移などの治癒例がある。また、現在、臨床試験が進められている例として、難治性の小児がんの1種である神経芽腫の治験が紹介された。非常に高い死亡率を示す神経芽腫に対して極めて効果的であることが示されている。この治験は現在でも金沢大学附属病院でしか受けることができないことで、広い普及が待たれることが強調された。また、効果が認められる例として、スティーブジョブズも患った大人の神経内分泌腫瘍の例が紹介された。この腫瘍は近年急激に増えているもので、治療法がない希少がんとして恐れられているものである。ほぼ全身への転移が進んだ患者に対して、核医学療法は非常に良く効き、ほぼ治癒した症例が示された。この治療は2年前に承認され、現在では保険診療として全国の約60病院で実施されるまでになっている。さらに、ほぼすべての成人男性が罹りうる前立腺がんについて、核医学療法が診断(ダイアグノティクス)と治療(セラピューティクス)が一体となったセラノスティクスの例として説明された。

PSMAは「前立腺特異的膜抗原」という前立腺細胞の表面に存在するたんぱく質で、進行がんや転移がんになると数が増えるが、このたんぱく質を認識する分子に放射性核種を付けた薬剤によりその物質が前立腺がんに集まり、検査で小さながんを見つけることができる。放射性核種の種類を替えれば、そのがん細胞を標的に攻撃することで治療もでき、診断と治療が一体となった究極のセラノスティクスの技術であるが、日本ではまだ治験が開始されていないため、希望的観測としても2年以上は先になるとのことであった。

これまではβ線を出す核種を用いた例であったが、大きな腫瘍では穏やかなベータ線が全く効かない場合があるのに対して、より強力なα線を出す核種を用いたことで寛解した例が紹介された。α線核種を用いた治療が今、海外で臨床試験の形で徐々に動いており、日本に入ってくるまでには時間を要するだろうと思われるが、優れた治療法である。この前立腺以外のがんとして、将来は乳がん、卵巣がん、子宮がんなどや、治療法の無い骨髄転移のがん、脳転移などに有効な治療法として期待されている。将来、より根本的ながん治療法として、現在注目されている免疫療法との組み合わせが期待されるところである。

国内で治験に用いられているβ線核種およびα線核種を含む薬は、すべて輸入に頼っている不安定な状況にあることが普及を妨げている。ようやく令和4年5月に国の原子力委員会という機関から、様々なPET診断薬などを日本で内製する声明が出されたことを契機として、今後に期待しつつ協力に推し進めている。

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