「加速器BNCTの現状と将来展望」
日本中性子捕捉療法学会(JSNCT)会長
京都大学複合原子力科学研究所粒子線腫瘍学研究センターセンター長
鈴木 実 氏
自己紹介により静岡県沼津市の出身であること、放射線治療医として鳥栖のサガハイマット重粒子線治療と、Jリーグチームのサガン鳥栖に思いが浮かぶということから始まって、「加速器BNCTの現状と将来」について講演された。
最初にBNCTの特徴を端的に表した症例の紹介があった。耳下腺がんに放射線治療をしたところで再発したが、再度の放射線治療が出来ない事由として、表面を覆っている皮膚が耐えられず、がんは治るかもしれないが、深い深い潰瘍ができて非常に苦しい思いをするという例である。一方でBNCTを3回照射したところ、腫瘍が全てきれいに治った症例により、BNCTの有効性が紹介された。続いてBNCTの歴史、BNCTの原理、さらに、最近話題となっているケミカルサージェリーの観点からBNCTの優越性が説明された。
BNCTはアメリカ生まれて日本で大きく開花し、2008年からBNCT加速器が開発され、現状の医療施設でのBNCT診療が始まっている。BNCTの原理として、ホウ素中性子捕獲反応の説明があり、陽子が5個、中性子が5個からなるホウ素が、照射された中性子を捉えて4~10ミクロンの距離までα線が発生する。細胞の大きさはちょうどこの距離と同じ程度なので、この反応は細胞1個で起こるものである。ホウ素ががん細胞にくっついて存在すると、発生するα線によりこのがん細胞1個だけを死滅させるというものである。この中性子捕獲反応によりBNCTが「ホウ素中性子捕捉療法」と言われている。発生するα線はヘリウムの原子核なので重粒子線である。サガハイマットは炭素原子という重粒子を照射するが、BNCTも重粒子線治療の仲間であり、がん細胞に選択的な重粒子線治療である。
最近「第5のがん治療」というケミカルサージェリーに分類される治療法が注目されている。これは、あらかじめ生体内に光、放射線などの物理エネルギーにより活性化する薬剤を投与して準備し、患部にそれらの物理エネルギーを照射して、その薬剤と物理エネルギーの相互作用を起こしてがんを死滅させる療法である。BNCTで言えばホウ素薬剤と物理エネルギーすなわち中性子の2本柱から成るケミカルサージェリーである。
BNCTの欠点として、中性子発生源の原子炉の維持管理が難しいことがあるが、最近では小型の加速器型装置の開発により解決されつつあることが紹介された。もう一つ、本質的な欠点として、中性子は生体中の水分子によって減衰することから、深い位置にある腫瘍に対しては中性子線が届きにくいことが紹介された。
これまでの様々な症例について詳しく紹介された。ただし、BNCTの治験は大阪医科大で頭頚部がんと脳腫瘍が、国立がん研究センターで悪性黒色腫と欠陥肉腫と限られており、治療施設としては大阪医科大の関西BNCT共同医療研究センターと総合南東北病院の南東北BNCT研究センターの2カ所しかないのが現状である。
加速器治療の将来像としては、加速器BNCTがターゲットとすべき腫瘍細胞選択性に加えて、鳥栖のサガハイマットのような重粒子照射が治療を可能とする疾患群、これを加速器BNCTで取り組んでいくのが将来像だという展望で結論とされた。