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2025年10月4日
令和7年度 量子医療推進講演会 量子が創る未来

BNCTによるがん治療の革新

玉野井冬彦

京都大学 高等研究院 物質―細胞統合システム拠点 特定教授
量子ナノ医療研究センター リーダー
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 教授

がんは個人や社会全体に大きな影響を及ぼし、著名人の死もあるが、プロ野球阪神の原口選手のように克服例も増えている。アメリカの医師ムカジーによる著書『がん4000年の歴史』は、がんと人類の長い闘いを示し、その克服が重要課題であることを教えている。
がん治療は近年著しく進歩し、ダビンチロボットによる難手術やウィップル手術が革新的である。分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの薬物療法も発展。放射線治療ではX線、陽子線、重粒子線、中性子線など多様な方法があり、日本はこれら放射線治療分野で圧倒的に世界をリードしている。各治療法の組み合わせが今後重要と考えられる。
放射線治療はがん細胞のDNAを破壊するが、中性子線を用いるBNCTは異なる。同位元素ホウ素10を体内に投与し、中性子が吸収され核分裂を起こしアルファ線を放出、これがDNAを切断し腫瘍を殺す。京都大学で研究が進み、約100年前に中性子発見後に治療法として提唱された歴史がある。1951年にMITとブルックヘブンナショナルラボでBNCTの臨床実験が始まったが、技術・試薬の未熟で成果は乏しく、一時廃れた。1960年以降、日本や台湾、アルゼンチンなどで新しいホウ素試薬と熱中性子の改良により研究が進展。2010年代から加速器を用いた装置で病院での治療も可能となり、臨床利用が拡大している。
大阪医科薬科大学や国立がんセンターなどでBNCT治療が行われ、2018年から保険適用になった。悪性脳腫瘍や頭頸部がんで1〜3回の治療で腫瘍が大幅に縮小する。400人以上の臨床で58%の高い効果があり、副作用も管理可能。2021年の論文では1年生存率79.5%と優れた結果が示されている。京都大学熊取でBNCTの前臨床研究を実施。既存のホウ素試薬BPAは水溶性が低く、投与量に限界があるため、私の研究室の松本助教が新しい高溶解性ホウ素試薬を開発。これにより腫瘍へのホウ素集積がBPAの約3倍に増加し、治療効果向上が期待される。マウス実験で効果を検証中。短時間の中性子照射でBPAは効果がほとんどない条件でも、新規ホウ素試薬を使用すると腫瘍が大幅に縮小し、最終的にマウスの腫瘍が完全に消滅した。追跡期間中に再発もなく、効果の持続が確認された。


京都大学での実験で、新規ホウ素試薬とBNCT治療により腫瘍が消滅したマウスは、再びがん細胞を移植しても腫瘍がほぼ形成されなかった。これはBNCTが免疫活性化を促し、がんに対するワクチン効果や全身免疫のサーベイランス機能を引き出している可能性が示された。BNCTでは、一部の腫瘍治療で全身の他の腫瘍も縮小する「アブスコパル効果」が期待されているが、現状は稀で研究途上にある。京都大学ではBPAより溶解度の高い新ホウ素試薬により、腫瘍内ホウ素濃度を3倍に高め、腫瘍消滅と免疫活性化を確認。鍵は腫瘍内のホウ素濃度向上にある。京都大学では、ホウ素濃度を100〜200ppmに高めるナノ粒子を用いた新技術を研究中。無機シリカの約100ナノメートルの微粒子をホウ素10の運搬体として使い、がん血管の隙間から腫瘍に効率的に集積させる。これは血管壁に穴のあるがん血管特有の特徴に着目したEPR効果と呼ばれる性質を利用した最先端のナノテクノロジーである。我々は蜂の巣状の穴を持つメソポーラスシリカナノ粒子を開発。日本発の技術で、極小・高分散・多孔性の「熟成ナノ粒子」を作製。これを使い、ホウ素試薬を効率的に腫瘍に送達し、高い選択性で腫瘍に蓄積させることに成功した。今後、免疫活性化物質の同時送達も期待される。京都大学の研究室では、有精ニワトリ卵を使ったがん鶏卵(CAM)モデルを開発。腫瘍形成が5日ほどで確認でき、マウスモデルと比べ低コストかつ短時間で実験可能である。ナノ粒子を静脈注射すると、腫瘍に選択的に蓄積し、マウスと同様の結果が得られている。
BNCTはがんを切除するだけでなく免疫活性化も期待され、治療効果向上にナノテクノロジーが活用可能。鶏卵がんモデルも開発中で、今後NESTIVALで発表予定。熊取の京都大学の鈴木実教授らと連携し研究を進めている。


講師のご紹介

玉野井 冬彦 先生 ()

京都大学 高等研究院 物質―細胞統合システム拠点 特定教授
量子ナノ医療研究センター リーダー
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 教授

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京都大学 高等研究院 物質―細胞統合システム拠点 特定教授
量子ナノ医療研究センター リーダー
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 教授

プロフィール

京都大学 高等研究院 物質―細胞統合システム拠点 特定教授
量子ナノ医療研究センター リーダー
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 教授

略歴

1972 東京大学、理学部生物化学科卒業
1977 名古屋大学、理学部博士号 (分子生物学)
1978-1980 ハーバード大学、医学部研究員
1980-1985 コールドスプリングハーバー研究所、主任研究員、室長
1985-1993 シカゴ大学、生物化学科、助教授、准教授
1993-2017 カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA), 教授
1997-2017 Jonsson がんセンター、シグナル伝達部門長
2004-2007 California NanoSystems Institute、ナノバイオ部門長
2008-2010 California NanoSystems Institute、研究主幹
2017- 京都大学、高等研究院、物質―細胞統合システム拠点、特定教授
2017- カリフォルニア大学ロサンゼルス校、教授 (クロスアポイントメント)
2019- 京都大学、量子ナノ医療研究センター、リーダー
2017-2023 JST-CRDS, ナノテクユニット、特任フェロー

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