令和3年度 量子医療推進講演会 講演1

「がん死ゼロ健康長寿社会実現に向けて~QSTの取組~」

量子科学技術研究開発機構理事長
平野 俊夫 氏

がん死ゼロを掲げる治療量子科学技術研究開発機構(QST)で精力的に進められている量子医療技術について、我国のがん治療の最前線について紹介された。初めに講師自ら10年程前に患った肺がんの治療経験を例として、当時は肺の切除という大手術が行われたが、現在では重粒子線治療による治療が選択でき、前者は3週間の入院、3カ月のリハビリに対して、後者は1日の治療とリハビリなし、という大きな違いがまず紹介された。

QSTは放射線医学総合研究所に、原子力研究開発機構の原子力にあまり関係のない核融合であるとか量子ビーム研究部門が移管されて新しくできた研究開発法人である。所管は幅広く、例えば核融合の研究開発を行うために、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、中国、インド、韓国、日本の世界7極と共同で、フランスで実験所の建設することにも参画している。

国は、量子科学技術に重点を置いており、その中の量子生命分野の拠点がQSTである。QSTの重要な取り組み分野に量子生命科学領域がある。

講演の本題のがん治療について述べられた。まさに人生100年時代が視野に入ってきたが、1981年にがんが我国の死因の第1位に浮上した。年間に100万人ががんにかかり、40万人ががんで死ぬこと、二人に一人ががんにかかり、3人に一人ががんで死ぬ時代となった。まさに、単にがんを治療する医療からQOLを重視する医療に変えていくことが必要となってきている。QSTでは、量子医学・医療ということで、標的アイソトープ療法、重粒子線、量子メス、あるいは量子イメージングを駆使して、QOLを維持したがん治療技術の開発を進めている。重粒子線を用いた放射線治療に加えて、免疫治療も今現進めていること、主には重粒子線をやっていて、内部照射では標的アイソトープ療法も手掛けていることが紹介された。

重粒子線がん治療の歴史が概説された。1984年に、中曽根内閣の第一次対がん10か年総合戦略の一環として、重粒子線がん治療装置HIMACの建設計画がスタートし、10年後にHIMACが完成し、1994年から重粒子線がん治療の臨床研究が開始された。その後、日本の7か所で重粒子線治療が行われるに至っている。

重粒子線治療の特徴の一つは、ほかの治療法、例えば、ほかの放射線治療や化学療法、手術が困難ながんに対して治療ができること、もう一つがQOLを保ったまま治すことができる。重粒子線は線量の集中性と強い生物効果が特筆される。炭素線は陽子線に比べて12倍の質量を持つので、ふらつき、すなわち拡散がなくより集中する。また、炭素線は生物効果が非常に強く、DNAにダブルストランドブレークを起こしてがん細胞を物理的に破壊する。例えば、エックス線が効かないような放射線抵抗性のがんにも効果がある。

一方、がん治療において重要なものが免疫制御である。免疫にはアクセルとブレーキがあり、注目されている免疫チェックポイント治療はブレーキ抑制を指している。免疫チェックポイント療法や炎症抑制治療と、化学療法や放射線療法、手術療法、あるいは重粒子線を様々に組み合わせていくという考え方が重要である。免疫を壊さない、免疫を温存し、さらには免疫を活性化する治療法と、免疫を傷つけない種々の治療法を巧妙に組み合わせることが今後の主流となると考えている。例えば、重粒子線によって原発巣をたたき、それから分子標的治療、あるいは標的アイソトープ治療によって転移がんの治療をし、さらに免疫制御や炎症制御を加えて、がん死ゼロを目指すという方法である。

今後は重粒子線装置の小型化、高性能化を目指している。これを量子メスと名付けて現在開発中である。これを第4世代と呼んでいるが、現状の6分の1に小型化する。将来の第5世代は40分の1にすべく開発を進めている。第4世代機は超伝導シンクロトロンとマルチイオンを組み合せて、2023年から第2相臨床試験に入り、最終的に2026年、第4世代のプロトタイプを稼働してQST病院で治療を開始したいと考えている。並行して、レーザー加速を追求し、2026年以降のできるだけ早期にプロトタイプの完成と実証を目指している。最終的には第5世代機を2030年以前に重粒子線治療量子メスということで世界中に普及させ、量産効果により現状の100~150億円からおよそ50億円以内にすることを目指している。世界需要は1000台~3000台と考えられビジネスモデルとして期待している。

夢に向かって目の前の小さなことをこつこつ積み上げていく、そのプロセスが重要であると結論された。

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